私は中3の時がいちばん楽しかった、クラスの仲間に恵まれて、などと話した(言い訳するようだが、ドイツ語のレベルが低いので、話す内容はどうしても稚拙になる。また人数が多いと一人一人の時間は限られ、簡潔に話すことが要求される)。
となりのトルコ人女性は、大学まで、しっかり学んでしっかり遊んで楽しかった、と言った。彼女は口を開けば的を得ていないことが多いし、トルコ人社会に閉 じこもって毎日育児しかしていないように見える。彼女が青春を謳歌していたとはどこか意外だったが、過去には今と違う生活があったとしても、何の不思議も ないわけである。
次に韓国人女性が、中学ではバスケットに明け暮れた、しかし才能がないとわかって、高校・大学時代は勉学に専念した、と述べた。
隣のタイ人女性の番が来た。彼女はクラスでいちばん若く見えるし、ふだんは笑顔が絶えない。だが先日は精神的にどことなく不安定なようにも見えた。自分の 青春時代は、仕事だったと語った。13歳まで学校に行ったら、あとは薬局に就職して、毎日顧客と話していた、勉強も遊びもなかった、裕福な家庭しか進学で きないのだ、と。
困惑の空気が広がる中、先生は表情を変えずに淡々と会を進行させる。
次にオーストラリア人、アメリカ人と続き、二人ともスポーツに打ち込んだと言った。実際、二人とも体育教師の経歴があり、学生時代も似たような生活を送っていたらしい。
その隣の中国人が、またもや「16歳まで働いたら、就職した」と述べた。住んでいた町には仕事がなく、都会に出て行って工場で働いた、夜のシフトの日はつらかった、しかし成人してからはダンスに夢中になり、踊るのは楽しかった、と。
次も中国人女性だが、育ったのはカンボジア。彼女はもともとベトナムにいて、その後フランス、スイスと移民の人生を歩んできた。その原因について聞いたこ とはなかったが、やはり政治難民だったのである。逃亡の際に、野外で14日間も過ごしたこと。青春時代も何もなかったのだ、命からがら生き延びてきただけ で。
それにしても、この最後の中国人女性はつらい過去があるわりに、性格が非常に明るい。よく発言もするし、自分の考えを他人に押しつ ける傾向さえある。彼女が出席の時といない時とでは、クラスの雰囲気がまるで違う。中国に住んでいないにもかかわらず、中国人気質、文化、および言語まで 身につけている。
これはご両親の努力の賜物だろう。果たして日本に住んだことのない日本人で、ここまでしっかり日本人になれた人が一体どれだけいるだろう。中国人、おそるべし。彼女を見ているとそう思う。